さて今日も講義をしてきたのだが、第6回ともなるとこちらも馴れてきて話す内容も趣味に走ったりする。先週から2週に渡って延々アリの社会の話をしてしまった。アリというと集団で暮らしている生き物だが、集団のほとんどを占める働きアリは自分の子供を産むことができなくて、女王アリの子供(働きアリにとっては妹)を育てている。
話が突然すっとんでしまうが、一卵性双生児は自然が作ったクローン個体であることを御存知だろうか?クローンというと、とかくヒトラーを作るだの遺伝的に全く同じ人間を大量生産するイメージがまず浮かんでくるところだが、一卵性双生児も遺伝的に全く同一なわけで、これも立派なクローンなのだ。だから、一卵性双生児は姿形から何までまったく瓜二つなのである。二卵性双生児では事情が全く違っていて、たまたまおんなじ時に生まれた兄弟に過ぎず、遺伝的には異なった個体である。なので、この場合二人の似通い具合は兄弟程度でしかない。これが、双子でも似ているのもいればあんまり似ていないのもいるゆえんである。
さて、ここはまったくもって乱暴な例えになるが、何の進化の気まぐれかアリの姉妹の似ている具合は二卵性双生児と一卵性双生児のちょうど中間ぐらいなのである。これが、働きアリが自分は繁殖をやめて姉妹を育てるのに専念する理由だといわれている。やはり、似ているものはかわいいのだ。
アブラムシの社会はアリの社会よりも、もっとメンバーの間がよく似てきており、究極の段階にまで至っている。似ているどころの騒ぎではない。連中は無性生殖で、すなわちどんどんクローンを作って増殖する段階がある。つまり、社会全体がみんな遺伝的に同じ個体からなっていることがあるのだ。このときに兵隊アブラムシというのが現れる。こいつは敵が襲ってくるとわらわらと長い腕を武器に特攻攻撃をかける。敵は撃退されるが、兵隊も一緒に死んでしまうのである。自分は死んでも自分と遺伝的に同じ他の個体が生き残ればそれはそれでいいのだということになっている。やはり、似ているもののためなら、いや、この場合は似ているどころかまったく自分と同じなのだから、死んでも構わないのだ。こういう自己犠牲性を否定したがるのは敗戦をトラウマに成長してしまい、親方に気に入られんと卑屈なまでの自己否定を行った戦後民主主義世代の精神構造に潜む重大な欠陥である。なんとなれば、こういうことは人間の体の中でも日常茶飯事に起こっているのである。
それは免疫である。人のからだの中には免疫細胞があって、体外から病原体などの敵が侵入してくるとわらわらと襲い掛かって食ってしまう。その過程で細胞自身も死んでしまうのだが、彼らにしても自分が死んだところで遺伝的に同一な母体が生き残るのだからかまわないのだろう。「生き物にしてみれば、自分が死なないためには少々細胞を失っても一向に構わない」
ん?と、いうことはアブラムシの社会は全体で一つの生き物なのか?と、いうことはアリの社会も全体で一つの生き物かも?じゃあ、人間の社会はどうなんだ?僕たちひとりひとりも、ひょっとして免疫細胞や兵隊アブラムシのようなものなのか?もし、そうだとしても何も嘆くことはないのだと思う。アブラムシの場合は他人もまったく自分とおんなじで、人間は他人の一部が自分とおんなじ。自分の境界は自分の体を越えて無限の彼方まで拡がっているというのが、ほんとうなんじゃないかと思えてくる。
僕が自分の領域のあいまいさをいちばん強く感じるときは恋愛の最中だ。盛り上がっているさなかにふっと、「もし明日突然、この娘がいなくなったら、おいら生きてる意味なくなるなあ」などと、思いだすのも赤面することを平気で考えたりする。でもこのときは確かにそう思うわけで、少なくともそのときの自分の存在基盤は自分だけにあるのではない。昔、そういうときの気持ちを「自分が溶けだす感じ」って女の子に説明したことがあるのだが、わかってもらえなかった。
しかし、世間の風潮というのは確固たる「じぶん」の存在を前提としている。しかし、この前提は真実ではない。頭が良くてまじめな人ほどこの陥穽に陥ってしまう。自分には「じぶん」がないことを本能的に把握しているのに、世間は「じぶん」は存在すべきだと主張する。で、彼は苦しむのだ。
なぜ、恋はあれほど人を心地よくさせるのか。それは、自分が「じぶん」でなくなるという瞬間のためだろう。うすうす気づいている「世間の主張がまちがっている」という事実が、はからずも眼前に現れ、苦しみの原因がその瞬間どこかに飛んでいくからだろう。どうして新しい事はこんなに人を喜ばせるのだろう?それは、新しいことを覚える瞬間、それまでの「じぶん」では現在の自分を説明できなくなるから、言い換えれば「じぶん」が溶けだす瞬間だからではないだろうか。
CDを聞けるようにした、今の僕の願い事は、早く川本真琴のアルバムが出ないかなということ。「DNA」とか、「1/2」とか、妙にはまる曲が多い。みんなもわかってるのかな?