出前講義の役得

大学冬の時代である。先人たちの悪行がたたって、世間の大学人への目は冷たい。仕方がないので、現役は世間の好意を獲得するためにたゆまぬ努力。

旅の目的

というわけで、出前講義である。私の勤める大学では「高校生セミナー」という、旅費から何からこちら持ちで講師派遣するという企画をやっている。話を聞いて興味を持った受験生が一人でも増えてくれれば、という狙いだな。で、私にもときどきお呼びがかかる。今回どこに行くかと言うと、宮崎県の北の端にある五ケ瀬町。宮崎県とはいえ、宮崎市からアクセスしようとすると、熊本市よりも、福岡市よりも、そして恐るべき事に鹿児島市からよりも時間がかかると言う場所だ。ひょっとしたら長崎からでも早く行けるかもしれない。で、当然ながら日帰りでは行けない。講義は土曜日の午前ということなので、金曜日一限目の本務校での講義を終えてから出かける事にした。しかし、日頃つまらない雑用にブーブー言っている当方だが、こういう学務なら大歓迎だ。理科離れが言われている昨今の若者にちょっとでも理科の面白さを伝えられるのなら、一泊二日の出張だって厭いません。

一路東へ

とはいえ、私は出不精なのである。見知らぬ土地で一人で宿に泊まるのはあんまり好きじゃない。幸い五ケ瀬は公共交通機関で行くには大変不便な場所、自家用車で行ってもよいとの許可を得て、どうせ交通費が出るのなら空荷で行く事はない、ヨメサン子供を乗せていけ、良く見たら五ケ瀬は高千穂の隣じゃないか、前々から高千穂に行って見たかったんだよねえ、という事に相成る。当方としてはヨメサンの宿代だけで一泊二日の旅行が出来ると言うわけだ。しかも旅費とは別に講師派遣の手当てももらえるので、実質上は持ちだし無し。素晴らしい。
で、一時間目が終わる10時20分にヨメサンに車で大学まで迎えに来てもらい、一路東へ。まずは島原まで雲仙普賢岳を横目で見ながら走る。グリーンロードと言う良く整備された農道が島原半島を半周していてそこを使うのだが、時々砂利を積んだトラックなどのノロノロ運転につかまると大変にストレスがたまる。この日はスケジュールがカッツカッツだったので、遅い車は容赦なく追い越して島原港まで走る。そしてフェリーで熊本へ。フェリーの中でお弁当を食べて、子供を抱いてデッキに出たら見渡す大海原(と言っても有明海だが)に怖れをなして泣きが入った。そういえば公園でも広場に立たせると不安そうな顔をする。アゴラフォビアか?
熊本港に降り立ち、長崎よりはるかに安いガソリンを給油し、再び東に走る。ひたひた走る。

通潤橋

ひたひた走りながら橋を見る度、コンクリート橋だろうが鉄橋だろうがおかまいなしに「おお、あれは通潤橋か?!」と騒ぐ学の無い二人旅にもそろそろ飽きてきた頃、本物の通潤橋に到着する。のっけから看板を見て先制パンチを食らう。水が出ていなければ、ただの石の橋である。いや、そりゃ四六時中放水しているとは期待していなかったが、時間を決めてやっているのだとばかり思っていた。まさか予約制とは。しかも一回5000円の料金をとるなんて。
そういうあこぎな観光地気質に触れると途端に不機嫌になるヨメサン。でも、私は貧乏性なので、上まで登ってみた。しかし、水が出てなければなんのことはない。とほほの思いで駐車場に戻り、ヨメサンに命じられて車の後部座席で子供のおむつを換えようとすると盛大にシャワーを浴びる。その放水じゃないんですけど。そういえば、橋の上に登った私を下で見ていたヨメサンは「せめて代わりにそこで放尿してくれたらいいのになー」と思っていたとか。どうもこの人の発想は良くわからん。
そんなこんなでもたついているうちに、なにやら大型バスで修学旅行生がやってきた。むむ、ひょっとしてと思ったら、土産物屋のおばさんが「放水するよ」って言ってくれた。ウホウホ言って待っているとドドドドって水が。うーむ、これは放尿とは桁が違うわい、と思って満足した。

高千穂

再び40分ほど走って高千穂峡に。手漕ぎボートを借りて渓谷をゆったりと眺める。1500円とちょっと高いし子供がいて落ちないか不安だったけど、ここまで来てボートに乗らない手はあるまい。いやー絶壁かな絶壁かな。水面から垂直に切り立つ崖を流れ落ちる滝。面白かった。で、ぼーっと眺めていて他の人のボートと衝突して二進も三進も行かなくなるも一興。
宿は高千穂の「かみの家」というところ。ヨメサンに言わせると清潔感があって感じがいいらしい。私にはそういうのはよくわからんが。お風呂は桧風呂だけど、ちょっと小さめか。ご飯の度に宿のオヤジが出てきて一品一品解説してくれるのが面映ゆいが、おいしい。それに量があまり多くないのがうれしいところ。どうも宿のご飯ってのは過剰になりがちで、おいしくても後半は苦痛になる事が多い。この宿のように適量であれば、トータルで見たときの快適度合は高くなろう。どのくらいが適量かってのは個体差があるから難しいのかもしれないけどなあ。この宿は朝ご飯も凝っていた。
食後は高千穂神社に観光夜神楽を見に行く。晩ご飯の時から子供の機嫌が悪く、会場で泣き叫んだらどうしようかと思っていたが、行ってみれば大勢の観光客に愛想振りまきまくって太鼓や笛の音に合わせて機嫌よく踊っていた。神楽自体は観光用と言う事でストーリーに添って踊りが展開するのだが、ある動きを客に良くわかるよう何度も何度も繰り返して見せるところのコツさえつかめば素人目にもわかりやすかった。特に最後のイザナギ・イザナミが浮気したり和合したりする話はお客さん大受けヨメサン大興奮。ウチの子を含めて何人かいた子供たちは走り回るし大騒ぎだった。神様に奉納する舞ではなかったのかしらん。

出前講義

翌朝、講義に出向く。学校名は五ケ瀬高校と聞いていたが、現地についてみたら「フォレストピア学びの森五ケ瀬中等教育学校」と言う看板がかかっていて、豪勢な建物がどどどどーんと並んでいた。そういえば打ち合わせの時に「うちは中高一貫教育でして、その日はいくつかのコースを設けて学年関係なしに生徒に自由にコースを選択させます。なので、中学生も受講するかもしれませんがよいですか?」と言われていた。で、山村の小さな学校(木造二階建てとか?)を想像していたこちらはたいそう面食らって、出迎えていただいた先生に「随分立派な校舎ですねえ」と失礼な発言をかましてしまった。
そんなこんなで校長室に通されると、毛利衛さんのサイン入り色紙が飾ってあって「!」。と思ったらその横には若田部さんの色紙が。「!!!」と胃の腑がでんぐり返る思いをしていたら、教頭先生が「うちは全国でも珍しい県立の全寮制学校でして、、」と来る。げげ、それってひょっとしてパブリックスクールみたいな学校なのか?田舎の学校どころかひょっとしてとんでもない先進的な学校に来ているのかオイラは?!
話を聞いてみると、10年前に宮崎県が理想の学校を造るということで建設したらしく、県下各地から一学年40人だけを集めて少数精鋭で運営しているらしい。資金面でも潤沢なパックアップを受けており、開設当初は日本全国から一年に5000人ほどが視察に訪れていたとか。そ、そんなオソレオオイ学校だったのか!いや、こちらも自分が話す相手がどんなタイプの人たちか調べようとはしたのだ。しかし、「五ケ瀬高校」でググッたのである。当然学校のページは出てこないわけで、「今どきHPもないなんて素朴な学校だなあ」ととんでもない勘違いをしていた。帰ってきて「五ケ瀬中等教育学校」で検索したらちゃんと出てきましたよ。で、もっと聞くとNASDAと協力して衛星を使った遠隔地授業とかのプロジェクトにも参加していたらしくて、毛利さんの色紙はその時のものだとか。
で、生徒さんは当然ながら優等生である。校長室でお茶を入れてくれたのも生徒さんで、「どちらからいらっしゃったんですか?」とか尋ねてくる。こちらが長崎からです、というと「じゃあ、虫の話をしてくれる先生ですね?じゃああれはどうなんですか?これはこうなんですか?、、」とこちらを質問攻めにしてくる。この年頃の日本人には滅多に見られない積極性である。しかも礼儀正しい。ひょえーと思いながら教室に赴いてお話をする。虫の話である。こちらとしては中学生もいると聞いていたし(というか95%が中学生だと言う連絡を直前に受けていた)素朴な感じかなと思っていたので、内容的には、過去に使った高校生向けのものをそのまま使うのではなくて、かなり平易な方向に振って準備をしていたのだ。生態学や行動学的な話はどうしても抽象的な部分が出てくるので、そこを極力少なくして目で見てわかる分類学的な話の割合を多くしたのだな。まあ、生徒さんはそれなりに楽しく聞いてもらえたんじゃないかと思うが、そんな能力の高い生徒さん達だと最初からわかっていれば、もう少し知的な部分を刺激する話をしてもよかったなあとちょっと残念(分類学が知的刺激のない学問だと言うわけではなくって、当方には分類話でそこまで深い話ができる能力がないと言う事)。
しかし、生徒さん達の質の高さは目を見張るもので、講義中に質問しても反応があるし、そもそも話の途中でウトウトする人なんて皆無だったし、全寮制で生活習慣の部分からきっちりしているとシャキッとしてくるもんなんだなあ。教頭先生もおっしゃっていたが、一つの大きな家族のような空間で暮らしていて、勉強の面でも行き届くだろうし、それに今回の出前講義のように(私の他に5人の大学の先生が招かれていた)、普通の学校に行っていてはなかなか経験できないイベントもたくさんあるようだ。確かにこれは理想の学校なんじゃないかしら。ウチの子もこんな学校に、、とついついクラクラしたんだけど、冷静になって考えてみれば、私のように協調性の無い人間が6年間毎日少数の同じ顔見て暮らさなきゃいけない環境に放り込まれたら潰されてしまうかもしれないわけで、必ずしもいいことばかりではないのだろう。潰されないまでも、協調性の無いままで成長する事は許されなくって、否応なく性格が変わってしまうのかもしれない。それってどうなの?と思うのだけど、もっと良く考えたら、学校って言うものはそんな反社会的な人間を作らないことを目的としているのであった。
ところで、私が講義をしている間、ヨメサンと子供は学びの森の広大な敷地を散歩して歩いていたそうだが、なんだか大根を干しているジャージ姿のオジサンに「今日はわざわざ来てくださってありがとうございました」とか言われたそうだ。ヨメサンは「?」と思ったそうだが、そのジャージ姿のオジサンは教頭先生だよ、と教えてあげたらビックリしていた。そういえば、2002年のNHK朝の連ドラ「さくら」でも校長先生の初登場は畑仕事をしているシーンで主人公はそれを見て校長先生とは全く思わなかったってエピソードがあったな

地獄温泉

で、用事も済んだので帰り道。高森に抜けて「だいこん屋」という、地元の有機野菜で作った定食を供する店で昼食。白川水源で水を80キロ買って、折角阿蘇エリアにいるのだから温泉に入るべえということで地獄温泉に。子供 を入れるのは面倒だからヨメサンと代り番こに入る。ここは本格的な湯治場のようでなかなか趣があるが、ちょっと古めなので快適さを求める向きには、宿は別のところにとって外湯で利用するのが良かろう。
で、湯であるが、白濁の酸性硫化水素泉である。何がすごいかって、いくつかある湯のうちの一つすずめの湯では、ぼこぼこと泡が立っている。まさに地獄。こんな湯に入ったのは初めてだ。で、そこの混浴露天風呂は当然水着を着ては入れないのである。なんか外からも丸見えだし、さすがにヨメサンはそこには入れなかったようで、露天風呂の横にある室内の湯に入ったそうだ。私は男って得だと思いながら、湯治の婆さん達と露天に。いやー、松田忠徳言うところの温泉力ってこんな感じぃ?って思いながら、薬効成分を肌に感じまくってご満悦。その後、新湯ともう一つの露天風呂に入った。そのもう一つの露天風呂は男風呂が女風呂から覗き放題。女風呂は仇討ちの湯というそうな。そんな覗いて嬉しいもんか?と思うが、家族連れの娘がお父さんを眺めていたな。で、うちのヨメサンは仇討ちが出来るって知らずに入ったらしく、後から聞いて地団駄踏んでいた。やっぱ嬉しいもんらしい。

そんなわけで充実至極の二日間だった。九州の真ん中辺りは面白いな。

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