主人公は子供のころ、しばしば記憶を無くすことがあったという設定。そのブラックアウトは思い出したくない辛い事件と関係しており、青年になった主人公がその記憶を取り戻そうとするのが話の前半部。ここで、凡百の映画であれば、まず現在の青年の生活を丁寧に描き、そこに現われる小さな齟齬から過去の失われた忌まわしい記憶が次第次第に明らかになっていくという描き方をするであろう。しかし、この映画では、まず過去に何が起ったかというところから描き始める。一応最初は事件の核心についての描写はないが、何が起ったか観客には明らかである。このような描き方をするのは、この映画が「メメント」のような記憶に関する謎解きサスペンスではなく、多くの死に彩られた定められた不幸からいかにして逃れるか、という話だからである。
タイトルの「バタフライ・エフェクト」とは、開巻示されるように、「一頭のチョウの羽ばたきが地球の裏側の嵐を引き起こす」という有名なカオス理論の宣伝文句。しかし、この映画で描かれるのは、人生で如何にささいな事象が重大な結末を引き起こすかというものではなく（こういうテーマは今作よりも「ファイナル・デスティネーション」の方が良く描けている）、あのときあの選択をしていなければ人生はどのように変わっていただろうと言う、誰でもしばしば囚われるだろう想いについてである。実際に可能であるとしたら、それは本当に幸せなのか？人生をコントロールすることになるのか？コントロールするのは自分の人生だけなのか？
このようなことをテーマに持つこの作品は、まごうことなくここ数年で最高のSF映画である。大宇宙が舞台なわけでもなく、特殊能力を身に付けたヒーローが活躍するわけでもないが（主人公の能力は特殊だが）、現実の中から非現実を浮かび上がらせ、見た人に普段考えないような事を色々考えさせるこの映画は、SFなのだ。私は、このようなオリジナリティーのある物語をもっともっと見たいと思う。
どうでもいいが、私は映画を見終わった帰り道、ずっと「そんな人生の転換点ってあっただろうか？」と思い起こしてみたのだが、やってみると私のような流されて生きることをモットーとしている受け身な人間でさえ、三ヶ所ほどそのような時点があることに気がついたのである。いや、今の状態に不満はないので、やり直したいとは思わないが。
ところで、この作品は別の意味では、記憶を書き換える話でもある。人は自分に都合がいいように記憶を改変する。しかし、そうするとき人は孤独である。現実と遊離し、他者とのつながりを欠いていくことになるからである。この映画では主人公以外のキャラクターは（お話上当たり前だが）同一性が保持されない。つまり、人格が存在しない。この映画は、アイデンティティーを持つ人物がたった一人しか出てこない孤独な映画なのだ。その意味で同じように記憶を扱っている「エターナル・サンシャイン」とは全くベクトルの違う作品なのである。
それはともかくこの作品、出来の素晴らしさに比して、まったく世間で話題にされておらず、公開館もそれほど多くない。大変にもったいないことである。どうでもいいが、エイミー・スマートは一番最初のウェイトレス姿が一番似あっていたと思う。
