ステップフォード・ワイフ
失脚したキャリアウーマン一家が越してきたステップフォードの街では、妻はみな金髪でドレスに身を包み家事だけが生き甲斐の存在であった。しかし、この街には秘密が、、という話。30年前にキャサリン・ロス主演で一度映画化されている。私も子供のころにスチール写真を見た記憶がある。
で、この話の本質は洗脳/アイデンティティー喪失の恐怖にあるはずだが、このようなテーマは、洗脳から無縁のアイデンティティーなど存在しないと考える現代ではなかなか成立しにくい。そのうえ、主役を現代の申し子のようなニコール・キッドマンにしたわけであるから、このお話から生まれるはずのエモーションは望むべくもない。ニコールは必要とあらば嬉々として良妻賢母になるでしょうともさ。作り手もそのことを意識しているのか、ブラックコメディ風に仕立てようとしているものの、これがちっとも笑えない。キーキー騒がしいキッドマンって悪夢の一典型だと思うがどうか?そもそもコメディならば、妻を家庭の中に押し込めようと画策するマシュー・ブロデリックを主役に置かないとダメ。
ニコールが主役であるのは、キャリアウーマンもステップフォードの妻たちも同じ穴のムジナだって言いたいがためなのかとも思ったが、オチをみるとその解釈にもムリがありそうだ。それにしてもこのオチ。どうしてあんな能天気にしなくてはならなかったのか理解に苦しむ。「ピノキオ」か?いや、もちろんそれは75年版の「ステップフォードの妻たち」を知る人用のどんでん返しのためなのだろうが、設定を破綻させてまでやることではない。
どうでもいいが、いくら金髪で家事を完ぺきにこなすからと言って、ベット・ミドラーを理想の妻の一員に加えるのはどうかと思う。
御裁断は(最高☆5つ)
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