トゥモロー・ワールド
他の人がどうだかは知らないが、私の場合、自分に子供ができてから、「赤ん坊の世話をしなくちゃならない」という軽い強迫観念を持つようになった。で、最初のうち、これは、世話すべき子供ができたのだから当たり前だ思っていた。しかし、自分の子供たちが赤ん坊とは言えなくなった現在、他人の赤ちゃんに接する機会を進んで求める自分を発見して、どうやら世話をしなくちゃならない対象は、世の赤ん坊一般に拡がっている事に気が付くのである。で、この事は、人にとって大いなる希望なのである。というのは、生きる事の目的は、自分の枠を少しずつ壊し拡げていく事であって、自分と他人の赤ん坊を区別せず世話する事は、まさに自分の境界をぼやかせる行為だからだ。
いや、最初に他の人がどうだかは知らない、と書いたが、私と同じように感じる人はきっとたくさんいるのじゃないかと思っている。時々、営利目的ではなく、純粋に欲しくて他所の赤ん坊をさらってしまう事件が起るけれども、それもビルトインされた「なんでもいいから赤ん坊を育てなくては」という衝動に突き動かされていたのだとすると、私と紙一重ということになる。
今作は、そんな私の心のツボをこれまで無かったような形で刺激してくれる作品である。一人の子供も産まれなくなって18年が経った世界で、奇跡として産み落とされる赤ん坊を巡る物語。お話の大部分を占める巻き込まれた男の逃亡譚は、あくまで口上であって(火炎瓶のショットはそれだけでも見る価値があるけど)、今作の本質はあのクライマックスにある。その直前の驚異的な長回しシーンも、クライマックスを準備するために置かれているのであって、決して一番の見せ場などではないのだと思う。
ということで、子供を持つようになってから、「なんか自分が変化したような気がする」と感じている人なら、きっとこの映画を見て得心がいって、エンドタイトルの最後の最後で聞こえてくる子供の笑い声に涙が出てくるんじゃないかと思う。
御裁断は(最高☆5つ)
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