プラネット・テラー in グラインドハウス
デス・プルーフと比べると、作品の破格ぶりが随分と少なかったような気がする。言い換えると、つまりは普通にB級映画として楽しめる作品。ということで、わざわざグラインドハウス形式にする必要性が感じられなかった。普通にアホ映画として作っておいた方が、見た人はより楽しめたんじゃないでしょうか。見る人は減ったろうけど。
まあしかしこうして二作を比べてみると、タランティーノとロドリゲスの資質の違いが見えてきて興味深い。ロドリゲスって監督として実はオーソドックスな人だったのだな。そう言われてみると、過去の映画でも本質的に破格だった作品は無かったような気がする。
ゾンビ映画としてみた時のこの作品は、一種の感染症の結果としてゾンビを設定している事であって、どうも噛みつかれる事なくても空気感染のようなものでゾンビになるらしい。で、一部に免疫を持っている人がいると言う。ということで感染した人は人間の意識を保ったまま徐々にゾンビ化するわけだけど、そこから出てきてもよさそうなゾンビ映画的に新しいシチュエーションとかには、この作品は全く無縁なのである。グラインドハウスだから。ああ、グラインドハウスだからって理由付けは便利だ。
御裁断は(最高☆5つ)
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