スキーだ!!

わたくし、この四月から西の果て長崎に住んでおりまして、こちらはやはり暖かく雪など見る影もありません。それでも細々とこの日記を書いていく所存なのであります。

1/3、スキージャム勝山

長崎に住んでいて困るのは、もちろん雪のある場所に行くのも一苦労だということもあるのですが、それにも増して同好の士を見つけるのはもっと困難なのです。なので、結局のところ、これまで通り関西の友人と一緒に行くことになります。なので、何かの折りに関西に帰ったときについでにスキー、とこうなるのですね
で、今回はお正月の帰省に絡めて高須先生とヨメサンの三人でスキーに行こうということに。しかし、うちのヨメサンというのがスキーが嫌いな人でして、その割には人がスキーに行こうとすると、うらやましいのかついてきたがります。で、極力スキーをしないように働き掛けるのが常なので、なかなか厄介です。今回はそのせいで、近場に行って温泉入ってカニでも食べてというコンセプトが混じりこんだため勝山になった次第です。高須先生も忙しく一泊二日しか日程がとれないというのもあったんですが。で、いざ直前になってみると、滑るはずの二日間大雪の予報。いやーな予感と、これ幸いとばかりにスキー中止を進言するヨメサンと闘いながらの道中で、いってみるとやはり雪。というか雹。これはさすがにあたしも辛いと思いながら、でも折角長崎からスキー板持って帰ったんだし、少しは滑りたいので無理やりゲレンデに。こんな悪条件にも関わらず最初のリフトには鈴なりの人。なんのことはない、上の方は雲に覆われてしかも吹雪なのでほとんどの人が下に集まっていたのでした。いやもうすごい風雪で上の方なんか立って顔を上げてもいられない状態で非常に辛かった。
それが不思議なことに、なんかしらんがあんなにスキーを嫌がっていたヨメサンがこの悪条件にも関わらず、「なんか楽しい」とか言い出しまして。この人とスキーに行きだしてもう4シーズン目ですが、これまでにももっといい条件の時はいくらでもあったのに、にもかかわらず絶対にスキーを楽しまなかった人なのに、いったいどうしたことか?当人曰く「うまく滑れるようになってきたから楽しくなってきた」とのこと。しばらく「あたしうまいでしょ?」攻撃にさらされました。まあ、なんにせよ身近な人がスキーを楽しんでくれるのはよいことです。
そんな悪天候だったので、しかも翌日はもっと悪化するということだったので、極悪非道な我々は急遽宿をキャンセルして日帰りスキーに切り替え、白山のふもとの温泉に入り、福井でおいしいカニを食って帰ってきました。結局この判断は正解だったようで、宿の人には申し訳なかったですけど、おかげでトータルで満足な一日でした。
それにしても、やはりスキーは楽しいことを再確認。地理的な障壁のために、失いかけていた情熱を取り戻し、今年もあと何回かはスキーに行くことを決意した中田であった。

2/24-25、乗鞍高原温泉

今回の基地は愛知県春日井市在住、小林ダーリンとネパールの宇宙飛行士しだりん夫妻のうちでした。金曜日に仕事終わってからヨメサン拾って飛行機で小牧へ。小林夫妻のお迎えを受けました。天気予報では翌日は雨。でも、去年通り7時出発ということにして床につきました。翌朝、我が妻は起きない。30代の男女3人が横でおしゃべりに興じているのに、我が妻は起きない。結局、出発は8時だったという。若さってやつは。それでも、午前中にはゲレンデに。宿は、本当は去年と同じヒュッテ金山にしたかったんですけど、満員ということでかなわず。宿のおやじに紹介された仙山乗鞍というところが今回の宿。ここの宿は。。いや、その話は後で。
やっぱり天気予報通り雨なので、まずはお昼ご飯を。ここの駐車場はゲレンデの中腹にあってゲレ食もすぐのところにあります。ところが、ここが雨宿り客で満員。仕方なしに外へ出て、本当なら他の食堂探してリフトに乗るところですが、ここのリフト券は時間券。一回乗ろうものなら、ご飯食べている時間はムダになってしまう。でも、下に降りていくのは重力の法則に逆らうわけでもないので、麓へ。古くさい食堂に入ってみると、注文するもの全てが味が薄い。経費節減のために、水で薄めたものを出しているのか、はたまた高血圧防止のためなのか。
ご飯を食べ終わってもまだ雨は止まず。いやだなあ。ところで、今年のスキーの最大の目的は、スキーの味を覚えかけているヨメサンの情熱を完全なものにして、これ以降の人生、少なくともスキーに関しては理解のあるヨメサンになってもらうことであります。なのに、このような悪条件では折角のヨメサンの情熱に文字通り水が、、、。心配で心配で、リフトの上ではありったけの頭脳を使ってギャグを飛ばし、ヨメサンが不機嫌にならないよう注意を払う私がいて。努力の甲斐あってか、単にいっぺん火がついた情熱は用意には消えないだけなのか、ヨメサンも楽しく滑ってくれたようでホッとしました。
宿は風呂もご飯もヒュッテ金山には一段劣る。まあ、それは仕方がないとして、日曜日に2時以降は宿を閉めるから荷物は置けないわ宅急便も出来ないわと聞いたときには頭に来ました。わたしらそれでも車で来ているからいいけれど、そうでない人たちはどうすればいいのよ。そもそもゲレンデから少し離れているので送迎つきだって触れ込みなのに、送迎してもらうには2時には終わらなきゃいけないってことになるじゃないかね。仮にもサービス業に従事しているのだから、hospitalityということくらいは理解してもらいたいものだ、仙山乗鞍に限らず田舎の人たち(最近、少し詳しくなった)はこれだからダメなんだと一般化された怒りに火がつきカッカしてました。
そのカッカッカも吹雪のゲレンデにはかなわず。すっごく寒かったんですから。風は強いし。昨日の雨が凍ってゲレンデはカーリカリだしで。ここはリフトが古めで、スピードが遅いのもつらかった一因。休み休み滑ってました。滑るの自体は楽しいんだけどなあ。で、終わって帰ろうとすると、当然道は凍りついている。今回、小林家の車はノーマルタイヤだったのでチェーンを巻いて、なぜかあたしが運転を。駐車場から出たらいきなり滑り出して車が横を向いて。お尻を雪の壁にぶつけて青ざめる中田。くっそう、宿が送迎してくれたらこんな目にあわずに済んだのに。宿の前からは道にはそれほど雪がなかった。仮にもサービス業に。。。(以下略)
とはいえ、小林家と過ごす休日はとても楽しかった。翌朝、ヨメサンは朝一の飛行機で長崎に帰って、あっしは昼過ぎにセミナー出席のために京都に移動したんだけど、金曜日に小牧に着いてからずっと楽しい時間であった。おおきにでしたわ。

??-??、志賀高原

事情があって、今回いつ行ったかは、内緒。
実は出発の前々日あたりから熱っぽくって、どうしたものかと思っていました。でも、これまで何度も風邪気味でスキーに行きましたが、ゲレンデに出たら風邪も吹っ飛んでいたので今回もきっと大丈夫とタカをくくって朝4時に高須先生に迎えに来てもらって出発。実は、すでに7度5分ほど熱があったんですけど。道中はほとんど高須先生に運転してもらいました。風邪薬のせいでとっても眠くって。志賀高原の上り口でトラックとバスの正面衝突現場など見ながらゲレンデに着いたのは10時半くらいですか。今日もまた猛吹雪で。で、あたしは体調も悪いし、吹雪だと高須先生途端にやる気を無くすし、宿の志賀高原グランドホテルはチェックインは三時だしで、いつものようにとりあえずお昼を食べるということで。車で奥志賀高原グランフェニックスへ。あたしは体を温めようとタンシチューを。高須先生も。ヨメサンは海鮮焼きそばを。タンシチューはシチューと称しながら、暖かい液体部分があまりなく体は温まらなかったもののおいしかった。ヨメサンは海鮮焼きそばをたいそう気に入ったようで。しかし、食べてる最中から薬が切れたのか猛烈に頭がふらふらしてくる。で、食べ終わって宿に戻ったら早めに部屋に入ることが出来まして、体温を測ったら39度5分。こりゃ、さすがに死ぬということで、ヨメサンと高須先生に滑ってもらってあっしは寝てました。夜も全然熱は下がらず、ご飯も食べられないしで意識朦朧。栄養ドリンク飲んでバファリン飲んでも全然ダメ。長崎からはるばる信州までやって来たのに、この調子だと一本も滑らずに帰らなきゃ行けないのか、と泣く体力さえない。
翌朝、それでも熱は38度くらいまで下がったものの、やはり食欲はないし、滑りに行ったら病気がますますひどくなっても困るからなあ。天気はいいのになあ。その次の日は天気予報では雨だって言うし、朝から帰ることになりそうだし、本当に一本も滑らないまま帰るのかなあと、今度は少し泣く体力があったので悲しくなりました。午前中一人で宿でテレビを見ながら考えているとやっぱりあまりに悔しいので、薬を飲んで体温を37度5分まで下げて、昼から午後券買って外に出てみました。しんどかったらすぐ帰ろうと思いながら。出てみると、寒い空気が気持ち良く、タンネを二本滑っていい感じだったもので、高天ケ原に移動しました。こっちは中斜面なので棒立ちで滑るわけにはいかず。でも、足腰には力が入らなくって、少し滑るともうゼエゼエいってしまうので、こりゃだめだと思って宿に戻って再び休息。30分ほど横になって二度目のチャレンジ、ゲレンデのどこかにいる高須先生とヨメサンとの合流も測るために。せっかくここまで来たんだから一回くらいはヨメサンとも滑ってみたい。で、一ノ瀬まで移動して、また休みながら滑っていると二人に発見してもらう。で、一人じゃないと調子が出てきて、ヨメサンも高須先生の御指導で結構上手になっていて、で、寺子屋から東館、ブナ平まで降りて高天ケ原通ってタンネまで戻ってきました。病み上がりというか、病み途中なのに、良く滑ったものだ。宿に戻って測ってみたらまだ熱はあったもの。よく肺炎とかにならなかったものだ。
翌日は雨の予報でしたけど山は雪。しかし、吹雪。病み上がり(一応熱は下がった)にはきつい環境。なので朝から帰ってくる。小布施で栗鹿子を買って、善光寺で七味を買って高速に乗ったら、この日はいろんなところでスリップ事故で高速が止まっている。わたしらは判断を誤って伊北近辺で二時間ほど足止めを喰らってしまい、帰ってきたのは夜の8時でした。こんなことなら滑っていればとも思いましたが、そうしたらその日のうちに帰れたかどうかもわからないしなあ。翌日は朝一の飛行機で長崎に帰らなきゃいけなかったし。
まあ、しかしあんな高熱だしながらでも半日でも滑れてよかったよかった。健康が1番大事ですわ。
今年の総括ですが、天候に恵まれず、予想外の病気にもなり、計画では7日滑る予定だったのが実際は4日しか滑らず。しかも、そのうち三日間は吹雪や雨にたたられ。長崎から滑りに行くのが無理からだからなのかなあ。いや、今年は良く雪の降った年だし(長崎でも13センチの積雪があった)、仕方がないのだ。晴天率1/4。で、今年は4日間すべてでヨメサンと一緒だったってのが新婚らしくていいでしょ。で、その引き換えにギャル率は0%(と、こういうことを書くとヨメサンを刺激してしまいそうだ。冗談だから怒らないように)。まあ、しかし、今年1年試してみて長崎からのスキーの感じがつかめました。来年はもう少し上手に行けるようになるでしょう。来年は目指せ10日間!

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